2016年3月28日月曜日

鎌ヶ谷CC

3月26日(土)

鎌ヶ谷CCを初めてプレーした。
難易度は高いわけではないのにトリプルボギー、ダブルパーを5つも叩き100叩き。
もっと拘ってプレーしないといけませんな、、、。


西      52   birdy 1, bogey 3, d bogey 3, xx<2
東    53   par 1, bogey 3, d bogey 2, xx<3
total  105
暖冬で早めに桜が咲いてお花見ゴルフになるかなーと思ったが、寒の戻りでコースの中の
ソメイヨシノは開花もまだだった。



朝のうちは曇りだったが午後からは良くはれ上がった。
気温は低く、一日セーターを脱がなかった。

東コース9番ホールからクラブハウス
 
ゴルフ場の玄関にピンクの強い系統の桜が五分咲きだった。


2016年3月21日月曜日

乗鞍岳へ日帰りソロ

3月20日(日)

今年は少雪で、しかも早い春の訪れ。
お彼岸の3連休、上手くいけばいつもなら4月の頃のザラメやフィルムクラストを楽しめるのではと
乗鞍岳に出掛けた。


上々のお天気 位ヶ原の大雪原向こうに剣が峰が聳える
少し寒気が入ったせいでこの辺りから上は終日カリカリにアイスバーンだった

乗鞍高原スキー場のトップからハイクアップ
連休でスキーヤー、ボーダー、登山者が列をなして上がった 
 

位ヶ原に出て
右、剣が峰 左、高天原
雪が緩めば縦横無尽のスキーエリアだ


穂高連峰が見える




肩の小屋で14:00になり時間切れ
剣が峰まではあと250m 1時間半くらい
登りの力がないなー

 
帰り道、乗鞍高原スキー場の下、番所にある「いがやスキー場」に立ち寄った。
猪谷六合雄はここに住み千春少年にスキーを仕込んだ。
少雪の年、もう雪がない。暮れていく乗鞍岳が人気のないスキー場を見下ろしていた。

2016年3月16日水曜日

水泳を始める

3月3日(木)~

バックカントリースキーの登高で時間200m程度しか登れない脚であることは自覚していた。

しかし、今年の八甲田の鳴沢大地への登り、芳ヶ平から登り返し、白馬里山の行動で
他の参加者と一緒に行動してみて明らかに登りのスピードが遅い、同じペースで登ると
息が上がり苦しいことを認識した。登る能力がまた落ちているのではないかと不安になった。

2年前か3年前か不確かだが、通常の歩行の時以前より明らかに息が上がるようになり
心臓他循環器になにか障害があるのではないかとかかりつけの内科医に相談し、
24時間心電図と心臓CTの検査をしてもらったことがあったが、全く異常はないとの診断だった。

そして思うに、下肢並びに腰や背中の筋肉や関節の硬化がそれを動かす時に心肺に余分な
負担になっているのではないか思い付いた。油の切れた、摩擦抵抗の大きい回転軸を回そうと
するとより大きな力を必要とするのと同じ現象が自分の体に起こっているのだろうと。
この気付きはほぼ確信に近いもの。

ここ1年、信頼感のある整骨医院にかなりの頻度で通い、電気治療と丁寧なマッサージを繰り返したが
実質的な改善はなかった。

それではどうするか。
水泳がいいのではないか、、、 水の中で関節や筋肉に衝撃が少ない状態で負荷を掛け、
体幹部分の筋肉を動かし、同時に心肺機能を鍛える運動。
最寄りの駅前にスイミングプールを備えたスポーツジムがある。そこで仕事帰りの小一時間、
週3回程度を泳いで見ようと。

思い立ったら吉日。さっそく入会手続きをして実践開始。

3月3日 500m
  4日 600m
  6日 700m
  9日 600m
 13日 600m
 15日 600m
を泳いだ。

なにしろ、実質的に45年振りの水泳。25m毎に息を整えないと連続して泳ぐことができない。
だがこうして続けていけばやがて1,000m~1,500mを連続して泳げるようになるのではないか。
そしてそれが下肢や骨盤回りや背中の硬化の状態の改善につながるのではないか。
これからチャレンジしてみようと思う。



 
 
S-BBCのO先生:
最近顔を出さなくなったのはこんな事を考え、始めたからです。
でも肉離れや捻挫などのトラブルがあったら必ず行きますのでその時はよろしく!

 
 


2016年3月6日日曜日

白馬BC

2月27日(土)・28日(日)

 
 
 1月末の草津芳ヶ平ツアーの時、同行した参加者の三重のTさんから、白馬エリアではペンション『かむるーぷす』をやっている湯浅さんがガイドツアーもやっていくれ、テレーマーカーだし、気に入っていると話してくれた。HPを見るとこの週末のツアーには空きがあり、28日(日)は裏ヒヨの予定ともある。そこは以前から行ってみたいところでもあったので、申し込んだ。
白馬エリアに出掛けるのは2013年の1月とGW以来3年ぶりだ。

27日(土)
 
 家を単身、車で4時半発。上信越道長野IC、オリンピック道路経由、白馬村落倉の『かむるーぷす』着、8時15分。距離はちょうど250km。
今日はコルチナスキー場の裏の方へはいるとのこと。参加者は入間からいらっしゃったシニアのご夫妻と僕の3人。車2台で出発。1台を下山集落に置きにいき、白馬乗鞍スキー場に車を停めた。
白馬乗鞍スキー場からリフト一本でコルチナスキー場に乗り移り、10時に運転開始のコルチナ第5ペアリフトで板平ゲート(1,342m)に上がった。
ここから方角的にはほぼ北東方向へ、ブナの森の尾根や谷、林道、雑木林、棚田など変化に富んだ地形の里山の雪の上をJR大糸線中土駅のすぐ近く(標高460m)まで滑走した。雪も最初は乾いたパウダーだったが1,000mから下がると北斜面でも重い春の悪雪となった。途中、沢を一本変えるために30分弱シールを付けての登りが入った。
滑走終了は14時だった。

ガイドの湯浅氏曰く、けして標高が高いわけではないのにこのコースがパウダーに恵まれるのは
斜面が北面もしくは北東面であり、太陽の高度が低く日照時間の短いうちは南側の尾根やブナの木立に遮られて雪面に日が入らないからなのだと。それが2月も下旬になってくると太陽の位置が高くなり北面にも陽が差し込むようになりパウダーの賞味期限切れがやってくるのだと。その話を聞きながら南の空を見上げると確かに日は尾根の上に出ており雪面にもたっぷりの陽が射しているのだった。

 
 日中は陽射したっぷりの好天だったが、夕方から日本海に発生した低気圧の通過で湿雪が降り出した。

 
 
 


2月27日朝の後立山連峰

ペンション『かむるーぷす』
白馬村落倉

裏コル中土への滑走ルート

同行のご夫妻 とても立派な脚前で舌を巻きました!
ブナ林が終りこれからは棚田を滑っていく
 

 
 
 28日(日)
 
 
 夜半に低気圧が通過していって朝にはまた青空が戻っている。麓の降雪はほんの数センチと僅かに過ぎなかった。
今日は栂池の上部から鵯峰の裏側を滑り、黒川沢を白馬乗鞍スキー場に下る計画になった。
参加者はそれぞれ単独で参加した男2、女1の3名。ペンションを7時半に出発。車1台を白乗の駐車場に入れて栂池ゴンドラ駅。8時の運転開始を待つBC愛好家が列を作っていた。栂の森まで登ると昨夜の新雪が20cm以上ある。上部はかなり降ったようだ。まだ試運転中の栂池自然園(1820m)までのロープーウエーは資格を持つガイドツアーは利用できるので、これで林道歩き1時間をセーブできた。ここから鵯峰の稜線(1950m)まで30分のシール登高。滑走の準備をして10時、この日1番手で新雪の詰った親沢へ滑走開始。湯浅氏は鵯峰寄りのパウダーが溜まっているいい斜面を拾いながら上手なリードをしてくれる。僕一人何回かこけたが大岩の下の平坦地(1460m)まであっという間。ここからシールを付けて山の神尾根まで約200mの登り返し。一生懸命歩を進めているつもりなのだが重雪のラッセルをしながら登っている先頭の湯浅さんや他の二人に何百メートルか遅れてしまった。12時10分、登りきった所(1650m)で昼飯休憩。この後は山の神尾根に沿って稗田山のコル近くまでまでいくつかのブナ林の中の急斜面を滑った。雪が重くなったのでゆっくり大きなターンを繰り返して高度を落とした感じ。滑降というより下降なのが実態。黒川沢の沢芯まで下りるとコルチナスキー場からのボーダーが合流するようになりバンピーなボブスレーコース。スキーコントロールに苦労しながら足をパンパンにして白馬乗鞍スキー場に合流して13時40分、一度やってみたかった裏ヒヨ黒川沢ルートを無事終了できた。
 


裏ヒヨから黒川沢への滑降ルート

28日栂池ゴンドラ乗り場前

親沢への滑降開始地点
足元にノートラックの深雪斜面


親沢大岩下手前で来し方を振り返る
 
同行のお二人と僕 今日も同行者の脚前には感服 もっと練習しなくっちゃ!

無事2日間の行動を終え活動した栂池、白乗、コルチナの山々を振り返る

サヨナラ白馬
逆光の五竜と唐松
良いお天気で山もすっかり春めいて行動中しっかり汗をかいた。長野ICで上信越道に乗る前にほんのちょっと足を延ばしてお気に入りに大室温泉「まきばの湯」で汗を流した。



善光寺平を見下ろす露天は伸びやかで気分がよろしい

湯上がりに釜揚げうどん つけ汁は大根おろし汁に味噌を溶かす

2016年2月14日日曜日

秋田田沢湖 温泉とスキーと酒盛りの集い

2月13日(土)・14日(日)

一昨年の3月上旬、休暇をとって単身、車で八甲田に出掛けた。その帰り、秋田田沢湖にある
会社の山の家で酒盛りを企み、各地から自分を入れて8人が集まった。昨年は開催できなかったが
広く社内で掛け流し源泉付きの山の家を認知してもらおうと第2回目を企画したところ18名が集まった。
もちろん大半はいい歳のオッサンだったけれど、ボードをやる若手女子3名も参加してくれた。

今年はスキーに出掛ける都度、いい雪の補給があるパターンが4回続いていたけれど、
今回は雨。土曜日はそれでも濡れながらも3時間弱ゲレンデ滑りをしたけれど、日曜はスキーという
言葉が思い浮かばないほどの本降り。参加者の多くは早々に引き揚げて行ったが
有志4人で乳頭温泉郷妙の湯でひと風呂浴びてから帰路に着いた。

今回のスキー、酒盛りメインだしゲレンデ滑りだしということもあって、18年前に購入した
初代テレマーク道具、細板・革靴を持っていった。その革靴が3本目の滑走中に崩壊した。
底のビブラムと靴底の間に入っているプラスティック系の素材が経年劣化したのだ。
このような革のスキー靴。今や希少品。修理するところを探して直して大切にしなくっちゃ。

それは田沢湖の山の家も同じだ。



JR田沢湖駅にある観光展示上にあるジオラマ

田沢湖スキー場のクワッドのフードに付いた雨粒
土曜日は昼から3時まで雨中スキー

ガルモントの革テレブーツ
つま先が口を開いてしまった 両足とも

酒盛り 
肴はきりたんぽ鍋、宮古の牡蠣と帆立、お好み焼き



 
妙の湯の金の湯 雨の露天は菅笠を被って入る

千代田CC

2月11日(木・祝)

会社のコンペで千代田カントリークラブをプレーした。
朝は放射冷却で冷え込んだが、昼間は陽光燦々、風もなく最高の冬ゴルフ日和だった。

ショットの中身はほとんどスカばかり。それでも百叩きしなかったのコースが短めだったお陰。
悪いなら悪いなりこなしていたが18ホール目の西9番でトリプルを叩き、大事な目標に不達。




東      48   par 2, bogey 2, d bogey 5
西    49   par 1, bogey 4, d bogey 3, xx<1
total   97



百日紅の巨木

千代田CCのティーグラウンドのマークはイノシシ君である

2016年2月9日火曜日

癒し系の芳ヶ平ツアー

1月30日(土)~31日(日)

昨シーズン途中まで週末の早出日帰りBCスキーの良き相棒だったUさんがちょっと遠くに
引っ越してしまい、お天気を見ながら″行こうや!″と臨機応変な山行を組めなくなってしまった。
かといって単独で出掛けるにはBCスキーはリスクが高いし、その高いリスクを克服するには
相当の気力が必要だ。

そこでお手軽なのがガイドツアー。今はほんとうにいろんなところにガイドさんがいて
ガイドツアーをやっている。

戸隠ベースの「ことリウム」さんがこの週末、草津の奥にある芳ヶ平ヒュッテへのほっこり系ツアー
を企画していて参加してみた。
芳ヶ平の名前は山の雑誌に熊谷榧が彼女の絵とともに書いていたエッセーに良く出てきた記憶がある。
それになんといっても1980年台、バブル絶頂期に大ヒットした『私をスキーに連れてって』の舞台になったところ。
映画の後半、万座に新作のスキーウエアを届けるため暮れていく志賀から横手山・渋峠を越えて
原田知世と三上博史がスキーを走らせるその舞台だ。

30日(土)、家を5時に車で出て、山ノ内町の道の駅「北信州やまのうち」に9時半の集合。
今回のツアーは参加者5名とガイド2名の7人パーティーとなった。
各自の車で志賀高原のスキーエリアを上り、横手山スキー場の駐車場に車を停めた。
山頂リフトで横手山山頂に登り、山頂のクランペット・カフェでちょっと上品なランチを早めに食べた。
12時に山頂を出発、渋峠スキー場を下り、緩い上りになるのでシールを付けて国道292号線の最高地点まで。
そこからはこれから滑り込んでいく芳ヶ平と草津温泉が見下ろせる。最高地点から数百メートル
進んだ尾根状のところから沢状の地形の右岸になる斜面を3ピッチに分けて滑降した。
前日に20cm近くの新雪があったので巻き上がる程ではないが柔かな雪の感触を味わうことができた。
一旦平坦地に出た後、スキーヤーズライトの尾根を30分ほど上り返してもう2ピッチのおかわり滑走をした。
平坦な芳ヶ平のほぼ中央に立つ芳ヶ平ヒュッテに16時に到着。
その後は、薪ストーブが燃え、生ビールが飲める山小屋で美味しい夕飯を食べてぬくぬく過ごした。

31日(日)
ほっこり系ツアーなので朝もゆっくり。帰りは渋峠へ登り返すのだが、その前に芳ヶ平の東にある
大平湿原に落とすいい斜面あるということで1本滑りに出掛けた。標高差150mちょっとの中斜面を
1本で滑りきる快適な滑降。ヒュッテに帰って一休みの後、ダマシ平経由渋峠まで標高差340mを登り返して志賀高原サイドへ戻った。横手山は″のぞき″を通る国道を使い、横手山スキー場に滑り込んでツアー解散となった。時間はなんやかんやで16時になっていた。
帰路の高層道路は予想外に空いていて20時には帰宅できた。志賀高原の上からほぼ3時間で
帰ったことになる。