2019年12月17日火曜日

2018/19シーズンのマウンテンスキー

脚、膝の痛み不具合は進行し、スキーを続ける限界を意識するようになったが、このシーズンも幾度か雪の上に立った。

1.富士見パノラマでトレーニング
  1月  3日
  1月  6日
  2月25日




高知の土佐清水に住むH君がはるばるやってきてワシの実家に転がり込んだので1月3日と6日の2日間富士見パノラマでトレーニングをした。今シーズンから深雪用の一番太い板・BD メガワットにテックビンディング・G3 ZEDを付けた。

2.八甲田
1月23日(水)~27日(日)
参加者:ワシ、K副、U田、M輪、M徳
23日 車で深沢温泉入り
24日 風雪 ロープ-ウエー運休 中村農園ツアー、スキー場からアイクアップしモッコ沢下部
25日 曇  中村農園ツアー 午前:モッコ沢 午後:銅像へ向かうも松ちゃん踏み抜き事故
26日 晴  自力行動で銅像から前岳肩を往復後、冬の後藤伍長に会いに行った。
27日 帰宅



 




3.四阿山
3月5日(火)
膝のことを考えるとハードな滑降よりも雪の上を軽快に歩き回る水平移動的なスキーに移っていくべきなのではないかという思いもして、軽いウロコの板とそれに合ったテレマークブーツが欲しくなって、松本ブンリンでG3stinger78とScalpaT4ブーツとブンリンオリジナルのトップレススキンを調達した。その小手調べに諏訪の実家から四阿山に向かった。

お天気も新しい道具の調子も申し分ないのだが、肝心のエンジンと足回りの調子が出ずに頂上まで届かなかった。前日に南岸低気圧の通過で新しい雪が降ったがあっという間に春の悪雪になり
下りも修行だった。




登行を止めたところで、、、   浅間山がきれいだ
 
4.北海道スキー行
毎年3月、利尻島の利尻富士町が観光客が枯れる冬の観光振興イベントとして利尻BCツアーをやっている。プロガイドがつくスキー・スノーボードのツアーでチーフガイドは佐々木大輔だということもありとても人気があり、参加者は抽選で決まる。前年の秋に申し込みをしたらキャンセル待ちの枠に入り、1月末にキャンセルが出たので参加してくださいと連絡が入った。脚の具合は芳しくないが折角の機会なので思い切って行くことにして、利尻以外にも行ってみたいところ組み入れた10泊11日の日程を組んだ。

3月12日(火)  早朝発で新潟まで走り、12:00発の苫小牧行き新日本海フェリーに乗船。
   13日(水)  苫小牧に04:30に着きそのまま羊蹄山に直行。現地滞在中のT島氏と合流し
          真狩口を1,050mまで登り、通称デルタを墓地まで滑走した。
          ニセココンフォートイン泊。
      14日(木)  キャット営業中のワイスホルンエリアに行き、スキー場エリアの西の端をG3stinger
                           うろこで登り滑った。昼でお終いにして稚内へ向かう。士別まで走り士別グランドホ   
          テル泊。
  15日(金)   稚内まで走りターミナルに車を停め、13:55発の鴛泊行きハートランドフェリーに
          乗船。港のすぐ近くの旅館「なり田」にはいる。
          19:00~ツアーのオリエンテーション。参加者は26名(競争率は約4倍だったそう)。
          スキー18名、ボード8名。3班に分けてトップガイドが佐々木大輔、武石誠、渡辺敏
          哉、そこにそれぞれテールガイドが付く構成。
  16日(土)  ツアー1日目 エリアは西面の沓形エリア。見返り台まで車で入りハイクアップ。
          ワシは渡部敏哉氏の班でスキーヤー8名。09:00から16:00近くまでシールオンを   
          3回、累積標高1,300m超のかなり本気のBCスキーになった。ワシの脚では一人遅 
          れ気味になり必死でついていく感じ。テールガイドの国見君が助けになった。
          一日の行動の最後、3班が一堂に集まり集合写真の後、黄金に輝く西の海に向 
          かってい一斉に滑降していくのはまさにスキーの醍醐味だった。
          夜は参加費@2,000円で利尻冬のグルメパーティー。
          宿泊は「なり田」から「レラモシリ」に移った。
   17日(日)  ツアー二日目 エリアは当面の鬼脇エリア。 今日は佐々木大輔氏の班になった。
          鬼脇小学校から5㎞の林道をスノーモービル13台でトーイングしてくれヤムナイ沢
          に入った。ヤムナイ沢の右岸を南稜下部に登り上げ、そこから緩斜面を鬼脇に向  
          かって滑走、途中鬼脇ポン山に登る寄り道をして藪を滑って鬼脇小に戻った。ツ  
          アーは13:00に終了。
          鴛泊発17:40のフェリーで稚内に戻り、ホテル美幸泊。渡辺敏哉氏ご推奨の「すし
          竜」で夕飯。
   18日(月)  枝幸町へ移動 M山氏のロッジ「ノーザン」へ入る。
   19日(火)  十川峰へ登る。若手酪農家I手、M井両名が同行してくれた。頂上近くで冬眠明け
          のヒグマを見た。夜は枝幸の仲間が集まってパーティーを開いてくれた。
   20日(水)  道北の枝幸も気温が上がり春の訪れを感じさせる頃のなった。雪も良くないし、脚
          の調子も悪いので、一日早く帰ることにして、苫小牧に走り17:00発の新日本海  
          フェリーに乗船。
   21日(木)  新潟港に09:15着岸。15時過ぎ帰宅。長い北海道スキー行が終わった。

 

真狩町から見た羊蹄山

冬は真狩に住み羊蹄山に通うT島氏

ワイスホルンから羊蹄、アンヌプリ、イワオヌプリ

左:利尻島へ渡る 右:沓形口西面のハイクアップ


夕方になると西の海が黄金色に輝く


2019年利尻BCツアー集合写真

海に向かって40人の乱舞

佐々木大輔氏、渡辺敏哉氏と

ツアー2日目 東面鬼脇口


枝幸の仲間達@ノーザン 

十川峰
冬眠明けのヒグマの足跡 親子連れだ

5.GWは鳥海山
今年もGWは鳥海山。昨年トレースに成功した東面御田ヶ原ルートを赤崩沢にかかる恒久橋を使ってより確実なものに完成させることを最大のテーマにチームオレンジが矢島口猿倉温泉の「ホテルまさか」に集結した。ワシは残念ながら膝が山頂への登行に耐えられそうになく、サーポートにて徹することとした。併せてチームの最長老K副氏の傘寿のお祝いを催した。
参加メンバー:K副、U田、K田、M輪、M徳、ワシ+応援隊としてO野寺、H田

4月26日(金)  日本海ルートで鳥海山へ。ブルーライン大平・鉾立を偵察して矢島口まさか入り。
  27日(土)  雨で沈殿
  28日(日)   昨日の雨は祓川から上は雪。本隊は舎利坂が氷結して超えられず引き返した。
          ワシは赤崩沢の吊り橋へ降り、対岸の尾根に登り上げて赤布立ての工作。
          この夜、K副氏傘寿祝いの宴会。
  29日(月)   本隊を離れ、地元S籐氏案内で湯沢周辺を探索、日付が変わるころ帰宅。
          本隊、K副、U田、M徳3名は七高山に立ち赤崩沢吊り橋への滑降に成功した。 

前日の雪でりセットされた鳥海山 @祓川

出発の朝

赤崩沢取水地(吊り橋)地点と対岸の尾根の上

堰口から見る鳥海山 無限のスノーフィールドだ

純白の鳥海山東面

傘寿のお祝いに油絵の贈呈
鳥海山と法体の滝が描かれている
 
 
 

2019年12月16日月曜日

2019年(平成31年、令和元年)を振り返る

2011年(平成23年)からこのブログを書いてきたが、2019年はすっかり記事のアップをさぼってしまった。会社勤めから身を引き田舎暮らしの準備を始め時間の過ごし方が変わったことや、このブログと並行してやっているFace Bookが内容的に重複することが多く、FBに偏重した一年だった。

せっかく長く続けてきた記録。
要約的になるがこれから一年間を振り返ってみようと思う、、、

まずは年賀状と初日の出から


2019年も穏やかに明けた
今年も諏訪大社上社に徒歩で初詣に出掛けたが脚が痛く道中えらく辛かった

2018年12月2日日曜日

2018年ラストラウンド 藤ヶ谷CC

11月30日(金)

長い間のゴルフ仲間(ゴルフの兵ども)との今年二回目のラウンド。
夫々がメンバーのコースを持ち回りしている。

ワシはこれが今年最後のラウンドになりそうで、今年のスコアの合計を計算したら
最後のラウンドを108未満で回れたら年間平均がなんとか100を切れる。
藤ヶ谷は難しいコースだがそれはできるだろうとスタートしたが、、、

out        56
in          58
total     114              bogey 6, d bogey 3, triple b< 9


ドライバーがまったく当たらず、右の力のないふけ玉のOBを4回、
アプローチ、ショトートパットのミスも多く、ズルズルとゴルフが崩れていき
parが一つも取れない本年度最悪レベルのプレーになってしまった。


2018年のラウンドの結果
計 30ラウンド 合計打数 3,006  平均スコア 100.2 
100以上のラウンド 15/30
tiriple bigey の無かったラウンド たったの 2回



No.16 302 yards par4   藤ヶ谷で一番短いpar4
右に力ないふかし玉を打ちOB  特設teeから救済プレーするもダブルパーの8
天気は穏やかなれどスコアと心中は穏やかならず
 

2018年11月4日日曜日

秋の霞ヶ浦国際ゴルフコース

11月3日(土・祝)

文化の日、穏やかな秋の好日となった。
会社の同期組とのゴルフコンペだった。

out        48
in          52
total     100              par 2, bogey 8, d bogey 6, triple b< 2
in No.16 par4 で突如 9の大叩き。悪い癖が治らない、、、。

Green on No.17 par4
10時半の遅いスタートだったので18番teeで陽が沈んだ
秋が深まっていく

「関野吉晴・wonderspace展」を見に行く


11月2日(金)

武蔵野美術大学で開催中の関野吉晴・WONDERSPACE展を見にいってきた。

もちろん交通手段は人力(自転車)にした。
片道約18km。
ルートは幹線道路、鉄道が多くあり、その信号、踏切、高架の通過が頻繁で2時間近い時間が
かかってしまった。

展示の中にあった関野さん自身による解説文で二つ印象の深かったものがある。

- 見えないものへの信仰はその人たちの肥大化する欲望を抑え善行に導いているように思う。
  (グレートジャーニーで出会った人たちは)文明社会に住む人間が「もっともっと」と欲望を肥大   
  化していくのに対して「足るを知る」人達だ。
  (現代文明下では)見えないものへの怖れ、敬いは薄れ、強欲になっている分、漠然とした不安
  も大きくなっている。  *みえないものに向き合うより
  
- ヒトがアフリカを出て世界中に広がっていった原動力はなにだろうか。
   最初は好奇心や向上心ではないかと思っていたが、実際は絶滅寸前の弱い人たちだと
   考えるようになった。ヒトがアフリカを出た(最大の要因は)人口圧。人口が増えれば誰かが
   出ていかなければならない。既得権をもった強い者はでていかないだろう。弱い者が出ていく。
      本当に弱い者は新しい環境に適応できずに滅んでいった。しかし、フロンティアに出ていって
      パイオニアとして新しい文化を作ったものこそがそこを「住めば都」にした。
   人類の移動、拡散はの歴史はその繰り返しだったのではないかと思う。
                 *交わり広がるより
  




 
 

 
 

 
 

10月の水泳

10月の水泳の記録


10月 6日        500m
         7日           500m
       31日           500m
      
total                1,500m


※ 鳥海山研究や田舎暮らしの確立に出掛けていて泳げなかった...

2018年11月1日木曜日

変形性膝関節症と向き合う その2

11月1日(木)

一旦は予定された上位脛骨切り術の手術予定日が昨日だったから、予定どおりだったら今頃は
病院のベッドの上だったことになる。

リハビリ的手法で様子をみることとなり、やっていることは
・  靴のインソールの最適化
・  膝の周りの筋力アップや柔軟化のエクササイズ

靴のインソールの最適化は、膝関節の変形をかばうことで右足下肢外側の筋肉や腱が突っ張って
痛みを生じている状態をインソールの形状で荷重のかかり方を修正することにより緩和させる手法。
元から入っているインソールを外し、フラットなインソールの一部分にシリコンのテープのようなもの
を張って高さを変える。厚さ2、3㎜でも荷重のポジションが明らかに変わってくる。痛みや突っ張り、
歩き方の変化を見ながら微調整を繰り返し最適なインソールを作り出そうとしている。

エクササイズは3種類。
1. 膝のお皿をゴリゴリ動かしての可動域を拡大させるマッサージ。
2. 伸ばした膝の裏にタオルを入れ膝に力を入れタオルを押し付ける動作
3. 伸ばした足の先にタオルを掛け、両手でタオルを引っ張り、脚の外側部を展張させる動作


それに直近でもう1つ加わったのが、腰かけて両膝でボールを挟みながら片足を水平まで上げて
力を入れるエクササイズ。大腿四頭筋内側広筋を強化する目的だ。

若い頃に比べて足もだいぶ細くなった。昔は特に大腿四頭筋内側広筋は発達しているほうだった。
それが右膝内側を使わないようにして脚の外側でカバーするため右脚の大腿四頭筋内側広筋は
すっかり小さくしぼんでしまっている。インソールによる荷重ので矯正で外側を緩め、
大腿四頭筋の強化で内側をもう一度しっかり使えるようにしたいというのがリハビリ的手法の
狙いであると理解している。





 写真左:1984年夏 29歳時の脚部     写真右:2018年秋 63歳時の脚部
35年の歳月が良く分かる